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分析11

Microduckは何を標準化したのか — 61次元の観測コントラクト

399ドルのアヒル型二足ロボット。だが作り込まれているのは機体ではなくインターフェースだ。全policyが共有する観測空間は61次元に固定され、使わないコマンド枠までゼロ埋めして形を揃える。一方でハード設計は非公開で、オープンなのはソフトだけである。公開リポジトリから、Hugging Faceがpolicyの共有に何を賭けたのかを読む。

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399ドルのアヒル型二足ロボットが話題になっている。だが公開されたリポジトリを読むと、 この製品でいちばん作り込まれているのは機体ではなくインターフェースである。 全policyが共有する観測空間は61次元に固定され、そのタスクで使わないコマンド枠まで ゼロ埋めして形を揃える。狙いは明白で、policyをモデルと同じように交換可能にすることだ。 一方でハードウェアの設計は公開されていない。オープンなのはソフトだけである。

Microduckとは何か

Microduckは、Hugging Face傘下のPollen Roboticsが2026年8月27日に発表した小型二足歩行ロボットである[1]。 歩行・しゃがみ・着座・転倒からの復帰・ボールを蹴る・くちばしでの把持、そしてローラースケートまでを行う[1]。 本紙は発表当日に第一報を出している(Hugging Face、小型二足ロボット「Microduck」を発表)。 ここでは公開リポジトリまで降りて、この機体が何を標準化しようとしているのかを読む。

項目公式仕様
高さ/重量25cm / 780g[2]
自由度全身15モーター[2]
計算機Rockchip RK3566 + AIアクセラレータ/RAM 1GB/ストレージ 32GB[2]
センサー広角前方カメラ、8×8のToF LiDAR、IMU 2基、マイク、スピーカー、NFCアンテナ2基(頭部とくちばし)[2]
エンドエフェクタ可動式のくちばしによる把持[2]
電源着脱式NP-F550バッテリー/駆動時間 約1時間[2]
制御周期50Hz[3]
ソフトウェアSDK・シミュレータ・RL学習まで公開、Apache 2.0[1]
価格/同梱予約価格399ドル(税・送料別)、ゲームパッド同梱[1,2]
初回出荷2026年クリスマス前、北米・欧州・英国[1]

Pollen Robotics自身は、同社の卓上ロボットReachy Miniとの違いを 「Reachy Miniは対話するAIのプラットフォーム、Microduckは行動するAIのプラットフォーム」と説明している[1]。 小型であることも設計意図に含まれており、 失敗した挙動は「大事故ではなく、小さなロボットが床に転がるだけで終わる」と書かれている[1]。 大型機では高価で危険な失敗試行を、机の上で大量に回せるようにするという狙いである。

系譜 — Open Duck Miniが捨てたもの

Microduckは突然現れた製品ではない。原型は、Pollen RoboticsのR&DエンジニアであるAntoine Pirroneが 個人プロジェクトとして始めたOpen Duck Miniである[5]。 DisneyのBDXドロイドを小型再現するオープンハード企画で、Raspberry Pi Zero 2Wとホビーサーボで組まれ、 設計データからコードまで全て公開されている[5]。 Microduckはその製品化版にあたるが、両者の性格は決定的に違う。

Open Duck MiniMicroduck
立ち位置個人が始めたOSS企画[5]量産製品[2]
計算機Raspberry Pi Zero 2W[5]RK3566 + AIアクセラレータ[2]
くちばし造形上の要素[5]把持機構として可動[2]
ハード設計公開。自作できる[5]非公開。買うしかない[1]
ソフト公開[5]公開(Apache 2.0)[1]

公開されたのはSDKと強化学習の2リポジトリであり、機体の設計データは含まれていない[1,3,4]。 つまりMicroduckは、正確にはオープンソース・ロボットではなくオープンソフトウェア・ロボットである。 LeRobotのSO-101が、安価であること以上に「設計が公開されていて在庫が切れても各自で作れること」で広がったのとは、 普及の力学がまったく違う。

ただし、この閉じ方は次章の価値と表裏一体でもある。全員が同一の機体を持つからこそ、policyは互換になる。 オープンハードは派生機を生むが、派生はpolicy共有の敵でもある。

61次元の観測コントラクト

学習側リポジトリ「microduck_rl」は、すべてのpolicyが共有する観測空間を明示的に固定している[4]。 自己受容感覚が48次元、速度コマンド(twist)が3次元、頭部姿勢(四元数)が4次元、体幹姿勢(6D表現)が6次元で、合計61次元である[4]

自己受容感覚
48次元
速度コマンド
3次元twist
頭部姿勢
4次元四元数
体幹姿勢
6次元6D表現

重要なのは配分ではなく運用の規約のほうだ。 そのタスクで使わないコマンド枠も、削らずにゼロを詰めて形を保つ[4]。 結果として歩行policyも把持policyも起き上がりpolicyも入出力の形が完全に一致し、実行中にpolicyを差し替えられる[4]

これは地味に見えて、共有エコシステムの成立条件そのものである。 身体動作を配布物にするには、(1)全員が同一の身体を持ち、(2)全policyが同一の観測・行動契約に従い、 (3)配布形式が単一である、の3つが要る。 Microduckはこの3点を最初から満たしにいっている。学習済みpolicyはONNXに書き出され、機体側のランタイムがそれを読む[3,4]。 「physical behaviorsをモデルと同じように共有可能にしたい」という発表ブログの言い分[1]は、 標語ではなくリポジトリの構造として実装されている。

sim2realを「ランダム化」ではなく「アクチュエータ忠実度」で詰める

学習スタックはmjlab(MuJoCo Warp)上のPPOで、policyは50Hzで学習される[4]。 4096環境の並列で、使える歩容が得られるまでおよそ1〜2時間とされる[4]。 ここまでは現在の脚型ロボットにおける定石だが、sim2realギャップの詰め方に特徴がある。

リポジトリはギャップの主因をアクチュエータに置き、Dynamixel XL330系を対象にしたBAM M6アクチュエータモデルを使う[4]。 電圧制御則、逆起電力、クーロン摩擦・ストライベック摩擦・負荷依存摩擦までモデル化したうえで、 ランダム化するのはバッテリー電圧と負荷時の電圧降下、コマンド遅延、摩擦の大きさである[4]

質量やリンク長を闇雲に振るのではなく、安価なサーボが現実に見せる非線形性と、電池が減っていくという事実を正面から入れている。 780gの機体を15個のサーボで動かし、着脱式バッテリー1本で駆動時間は約1時間[2]という構成では、 後半のトルク低下が歩容に直接効く。電圧降下をランダム化するというのは、その現場を知っている設計である。

399ドルの機体は入口で、計算は別に売れる

学習リポジトリには「--hf-jobs」フラグがあり、手元にGPUがなければHugging Face Jobs上で学習を回せる[4]。 機体を買い、学習は従量課金のクラウドで回し、成果物のpolicyはHubに置き、他人のpolicyを落として実機で動かす、という導線になる。

仮に5万台が実現しても2,000万ドルであり、Hugging Faceの事業規模から見て大きな売上ではない。 取りにいっているのはハードの粗利ではなく、フィジカルAIにおける学習・配布・評価のハブという位置である。 Delangueは今回の発表を「フィジカルAIと世界モデルを民主化するための、オープンソースで安価なロボットの時代」と表現している[6]

ソフト構成が研究機ではなく製品である

機体側のリポジトリ「microduck」はRustで書かれており、Unixソケット上のJSON-RPCで会話する常駐デーモン群として構成されている[3]。 制御ループとモーターバスを持つ「robotd」、WebRTCでカメラを配信する「mediad」、深度センサーの「tofd」、 Bluetoothの「btd」、ゲームパッドの「padd」、設定の「configd」。 そして署名付きリリースの適用と、ヘルスチェックに連動したロールバックを担う「updaterd」である[3]

この「updaterd」が機体の性格をよく表している。 素性の分からないpolicyが多数の家庭に配られ、壊れたら自動で戻すという前提でOTAが設計されている。 研究室の一台ではなく、フリートとして運用される想定である。

できないこと

大きなモデルは載らない

搭載計算機はRK3566にAIアクセラレータを組み合わせたもので、RAMは1GB、ストレージは32GBである[2]。 機体上で動くのはONNXに落とした小さなpolicyであり[3,4]、大規模なVLAを載せる機体ではない。 カメラ映像をWebRTCで外に出す設計[3]は、重い推論を機外に置くことと整合している。

深度は8×8である

深度センサーは8×8のToF LiDARで[2]、得られるのは64ゾーンの距離情報にすぎない。 近接の判定には足りるが、地図作成や物体認識に使える解像度ではない。

把持は事実上1自由度である

エンドエフェクタは可動式のくちばしで[2]、掴めたか掴めなかったかの世界である。 器用さそのものを研究する機体ではない。

つまりMicroduckは、フィジカルAI全般の入門機ではなく、強化学習による全身制御とsim2realに用途を絞った機体である。絞ったからこそ399ドルで成立している。

ここから先は編集部の評価

この機体は「SO-101の脚版」ではない

安価な機体とオープンな学習スタックという構図から、LeRobotとSO-101の再現を期待したくなる。 だが本紙が見るに、両者はハードウェアの層でちょうど食い違う。 SO-101は設計が公開されていて自作できたが、Microduckの設計は公開されていない[1,5]。 Pollenは、自作可能性を手放す代わりに「同一の機体が大量に存在する」という条件を買った。 policyの互換性を最優先するなら、これは筋の通った取引である。 報道された4〜6か月の待ち[7]は、その取引の請求書でもある。

役割の違いも見誤りやすい

SO-101は人が操作して実機のデモを大量に集める機体だったが、Microduckは試行をシミュレータ側で稼ぎ、 実機はsim2realの検証に使う機体である[4]。 遠隔操作でデータを集める用途を期待すると、ずれる。

失敗するとしたら評価の側である

モデルにはベンチマークがあるが、policyの出来は実機でしか測れない。 他人のpolicyを落としてきて自分の個体で同じ挙動になるのか、個体差をどう吸収するのか、再現性をどう記録するのか。 この仕組みを用意できなければ、Hubは動画付きのONNX置き場で終わる。 逆にそこを作れたなら、実質的にpolicyのレジストリが立ち上がることになる。 共通ハードでアルゴリズムだけを競わせるという発想はURKLにも見られ、 重みを公開するか囲い込むかの構図はロボット基盤モデル勢力図に整理している。

日本から見た論点

初回出荷の対象は北米・欧州・英国であり、日本向けの案内はない[1]。 無線機能を持つ機器であるため、個人輸入する場合は国内で使用できるかを各自が確認する必要がある。 一方で、399ドルで転倒が事故にならない二足歩行機[1,2]は、 大学や高専が強化学習とsim2realを実習として回すうえでは条件が良い。正規流通が付くかどうかは見ておく価値がある。

見るべき指標は受注額ではない。半年後にHub上へ他人が書いたpolicyがいくつ並び、 そのうちいくつが自分の個体でそのまま動くか。そこが機能したときに、この分野は重みを共有する段階から、振る舞いを共有する段階に入る

出典

  1. 1.Meet Microduck(発表ブログ) Pollen Robotics、2026-08-27一次情報
  2. 2.Microduck 製品ページ(公式仕様・価格・出荷時期) Pollen Robotics SAS一次情報
  3. 3.pollen-robotics/microduck(機体側SDK・制御デーモン群) GitHub / Pollen Robotics一次情報
  4. 4.pollen-robotics/microduck_rl(強化学習・sim2real・ONNXエクスポート) GitHub / Pollen Robotics一次情報
  5. 5.apirrone/Open_Duck_Mini(原型となったオープンハード企画) GitHub / Antoine Pirrone一次情報
  6. 6.Hugging Face is selling a cute $399 open source duck robot, Microduck TechCrunch、2026-08-27
  7. 7.Hugging Face says sales for its robot ducks topped $2.6 million in 24 hours. Now there's a backlog. Business Insider、2026-08
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