電池にムーアの法則はあるか — H2の3時間から次世代を見積もる
Unitree H2は0.972kWhで約3時間。ではG1の後継は4時間になるのか。公表仕様で計算するとH2はG1の2.31倍の電池を積んで1.50倍しか動かない。エネルギー密度の倍加は約13年で半導体の6.5倍遅い一方、価格は2010年比93%下落した。争点は8時間電池ではない。
執筆・編集責任:日本フィジカルAI新聞 編集部
Unitree H2 は 0.972kWh を積んで約3時間動く[1]。 では次世代機は4時間になるのか。電池に「ムーアの法則」はあるのか。 公表仕様と査読論文の数字で確かめると、答えはどちらも「そう単純ではない」になる。 エネルギー密度の倍加はおよそ13年で、半導体の6倍以上遅い。 一方で価格のほうは、はるかにムーアの法則に近い曲線を描いている。 そして稼働時間は、電池だけを見ていると読み違える。
まず、H2 と G1 を並べる#
G1 の Wh は非公表のため、13直列×公称3.6V×9Ah から本紙が算出した推定値[2]。 消費電力は公称稼働時間で割った平均で、負荷条件は両機とも公表されていない。 姿勢維持のみか作業を伴うかで実際の値は大きく動く。
ここに、この問いの核心がある。H2 は G1 の2.31倍のエネルギーを積み、2.00倍の重さで、1.50倍しか長く動かない。質量が2倍になると消費電力は1.54倍になる——指数にすると0.62乗で、消費電力は質量に比例しない。 言い換えれば H2 は G1 より1kgあたり23%効率がよく(6.0W/kg → 4.6W/kg)、 大型化のぶんを効率で取り返している。
だから「H2 が3時間なら次は4時間」という読み方は、二重に楽観的になる。 比べる相手が1系列ずれているうえ、 H2 の3時間はすでに大型化による効率改善を織り込んだ後の数字だからだ。 同じ手は二度は効かない。
電池のムーアの法則は、ある。ただし13年で2倍#
上位セルのエネルギー密度は過去30年でおよそ5倍になった。 年率に直すと 51/30 − 1 ≒ 5.5%/年で、 倍加に要する年数は ln2 / ln1.055 ≒ 12.9年。 「2年で2倍」の半導体と比べると6.5倍遅い。 指数関数ではあるが、傾きがまるで違う。
いまの実力値も押さえておく。IEA によれば最新世代のセルはLFP で最大205Wh/kg、NMC で265Wh/kg、 ナトリウムイオンで最大175Wh/kg である[3]。 「300Wh/kg 級が現状」という肌感覚は、量産セルの実勢よりやや高い。
この 5.5%/年 を G1 に当てはめると、3年後の後継機は電池だけで 1.055³ = 1.17倍、 2時間が 2.35時間にしかならない。 2時間を4時間にするには密度の倍加が要り、それには約13年かかる計算になる。
ただし積み上がる
救いは、稼働時間を決めるのが電池だけではないことである。 電池密度 +20%、モータ・インバータ効率 +10%、歩容と姿勢制御 +10%、 計算機の省電力 +5% が同時に効けば、
1.20 × 1.10 × 1.10 × 1.05 ≒ 1.52倍
となり、同じ重量で1.5倍が理屈のうえでは成立する。G1 なら2時間が3時間である。 ただしこれは掛け算が全部そのまま効いた場合の上限であって、 4項目のうち1つでも空振りすれば崩れる。 そして前節で見たとおり、H2 はすでにこの種の改善を一度使っている。
むしろ価格のほうがムーアの法則に近い#
密度より劇的なのはコストである。BloombergNEF の2025年調査では、 リチウムイオン電池パックの平均価格は 108ドル/kWh(前年比 −8%)。 2010年の実質1,474ドル/kWh から 93%下落した[4]。 セグメント別では EV 用パックが99ドル/kWh、定置用が70ドル/kWh、 地域別では中国が84ドル/kWh で最も安い[4]。
この下落は経験曲線として定量化されている。Ziegler と Trancik の査読論文は、 1992年から2016年のセル価格が実質で年13%低下し、 累積生産量が倍になるごとに20%(円筒形セルでは24%)低下したと報告している。 さらにエネルギー密度の向上を「提供されるサービス」の定義に含めると、 年率は17%、学習率は27〜31%まで上がる[5]。
ロボットメーカーにとっては、この非対称が効く。容量が2倍になるより、同じ容量が半額になるほうが先に来る。電池を2個持たせて交換する運用は、密度の進歩を13年待つより現実的な選択肢になる。
次の跳ね: 負極とパック#
材料側で当面いちばん大きいのは負極である。黒鉛にシリコンを混ぜる方向で、 パナソニック エナジーは体積エネルギー密度を 800Wh/L から1,000Wh/L(+25%)へ引き上げる目標を掲げ、 次世代シリコン負極材の調達を進めている[8]。 シリコンは理論容量が黒鉛より大きい一方、充放電で膨張する。 そこを材料側で抑え込めるかが勝負になっている。
パッケージング側の効きも無視できない。セルが300Wh/kg でも、 筐体・BMS・コネクタ・冷却・保護・配線を足すとパックでは200Wh/kg 台に落ちる。 Cell-to-Pack のようにセルを構造材として使う設計は、 セル密度が20%しか伸びなくてもシステムで30%近い改善を出しうる。 ヒューマノイドは体積も重量も厳しいので、ここの余地はEVより大きい。
本紙の見方 — 争点は8時間電池ではない#
G1 の後継が2027年前後に出るとして、本紙は公称2.5〜3時間が妥当な線だと考える。 電池密度で1.17倍、そこに効率改善が乗って1.3〜1.5倍。4時間は密度の倍加を待つ話で、 歴史的な改善率のままなら2030年代後半になる。 「次世代だから4時間」は、期待としては理解できるが根拠が薄い。
ただし、それは実用上の障害にならないと見ている。車は走行中に電池を替えられないが、ロボットは替えられる。H2 も G1 もクイックリリース式の電池を採る[1,2]。 8時間シフトに対して、2時間なら交換4回、3時間なら3パック運用、 4時間なら昼休みの1回で足りる。2→3時間より、3→4時間のほうが商用価値の跳ねが大きいのはそのためで、 交換回数が「作業の合間」から「休憩時間」に落ちる境目がそこにある。
だから技術的な転換点は「8時間電池」ではなく、4時間電池 + 2分以内の自動交換だと考える。 後者が成立すれば24時間運用が視野に入り、密度の13年を待つ必要がなくなる。 電池の進歩を追うより、充電・交換を設計の最初から入れるほうが実装は早い。
構成による差も大きい。二足歩行は重力に抗した姿勢維持と常時のトルク制御に電力を食う。 車輪移動の双腕マニピュレータであれば、移動にかかる電力は原理的に小さく、 消費の中心は腕・昇降・計算機・センサになる。同じ1kWh でも稼働時間の桁が変わりうる。 ——ただしこれは公表仕様で検証できていない一般論であり、 本紙は車輪型双腕ロボットを開発する企業が発行しているため、この論点は割り引いて読まれたい。 機種間の実測比較は、公表値が揃った時点で改めて扱う。
最後に一点。2030年前後には「電池が持たないからロボットは無理」という論点自体が 弱くなっているはずだ。そのときのボトルネックは、 関節寿命、発熱、故障率、把持成功率、保守コストに移っている可能性が高い。 電池は解ける問題で、しかも解き方が2通りある。
関連: DYNAMIXEL の選び方 — 800gの二足から MIDAS Hand、ヒューマノイドまで
出典
- 1.Unitree H2 製品仕様 — Unitree Robotics(公式)一次情報
- 2.Unitree G1 製品仕様 — Unitree Robotics(公式)一次情報
- 3.Electric vehicle batteries — Global EV Outlook 2026 — 国際エネルギー機関(IEA)一次情報
- 4.Lithium-Ion Battery Pack Prices Fall to $108 Per Kilowatt-Hour, Despite Rising Metal Prices — BloombergNEF(2025年 価格調査)、2025-12-09一次情報
- 5.Re-examining rates of lithium-ion battery technology improvement and cost decline — Ziegler & Trancik, Energy & Environmental Science 14(4) 1635(査読論文)、2021-03-23一次情報
- 6.CATL launches CTP 3.0 battery "Qilin", achieves the highest integration level in the world — CATL(公式発表)、2022-06-23一次情報
- 7.CATL launches condensed battery with an energy density of up to 500 Wh/kg — CATL(公式発表)、2023-04-19一次情報
- 8.Panasonic Energy to Purchase Silicon Anode Materials from Nexeon — パナソニック エナジー(公式発表)一次情報
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