規範は5つの価値に組み替えられ、文体の細則はほぼ廃止された — OpenAIがModel Specに「文脈」「監督」「主体性」を書き足したが、適合度の数値は1つも無い
OpenAIが2026-10-29付でModel Specを改訂した。記述を人間の意図への忠実さ・危害の最小化・誠実さと透明性・人間の主体性・配慮の5価値に再編し、命令系統を書き直し、「文脈を注意深く考える」を新設、「副作用の制御と伝達」を拡張した一方で、文体の細則は大部分を廃止した。固い境界以外は大部分が上書き可能な既定であり、OpenAI自身が「自社のモデルはまだ完全には反映していない」と書いている。動く機械に繋ぐ側から見て何が使えて何が使えないかを、Anthropicの利用規約と並べて読む。
執筆・編集責任:日本フィジカルAI新聞 編集部
OpenAI が Model Spec——モデルにどう振る舞ってほしいかを公開で記述した文書——を改訂した。 指す版は2026-10-29付である[1,2]。改訂は記述を5つの価値に組み替え、文脈・監督・主体性に関する指針を足し、一部の行動既定を調整し、文体に関する細則をほぼ廃止した[1]。本紙が見るべき箇所は3つに絞られる。 書き直された命令系統、新設された「文脈を注意深く考える」、 そして拡張された「副作用の制御と伝達」である[1]。 ただし発表本文に数値は1つも無く、適合度を測った結果も示されていない。 それどころか OpenAI 自身が、この文書は目指している振る舞いの記述であり、 自社のモデルはまだ完全には反映していないと書いている[1]。 動く機械に繋ぐ側から見ると、この一文が文書の使い方を決めてしまう。
5つの価値に組み替えられた#
改訂の中心は再編である。既に文書の各所に散っていた約束を5つの価値として束ね、 なぜこの振る舞いを求めるのかを説明できる形にした[1]。 発表本文は、価値を先に置く理由を、未知の状況でモデルが人間の価値を理解して適用できるように するためだと説明している[1]。
| 価値 | 発表本文の記述 | 身体を持つ機械で問題になる面 |
|---|---|---|
| 人間の意図への忠実さ | 指示を字義どおりに追うことを超えて、OpenAI・開発者・利用者が何を意図し何を価値とするかを理解し、理解が不完全なときも賢明に行動すること[1] | 「賢明に行動する」の内容が事前に書き下せない |
| 危害の最小化 | 固い安全境界を尊重し、モデルの行動の予見可能な帰結を考慮すること[1] | 予見可能性の範囲が環境側で決まる |
| 誠実さと透明性 | 何を知り、何をし、何が不確かかについて真実を述べ、人が推論と成果物を理解・評価できるようにすること[1] | 実行後の報告ではなく実行前の申告が要る |
| 人間の主体性の促進 | 人が自分で理解し、選び、行動する能力を強めること[1] | 停止権限を誰が持つかとは別の話である |
| 配慮 | 影響を受ける人の状況に注意を払い、関連する社会的・職業的規範に従い、人が頼れる仕事をすること[1] | 現場の規範は国と産業で異なる |
重要なのは、この5つが文書の中でどう実装されているかである。発表本文は、価値を実務的な指針に 変換したうえで、人と社会を守るために必要な箇所には固い境界を置き、それ以外は大部分が 利用者と開発者の上書きできる既定(defaults)の形をとると明記している[1]。 つまり文書の大部分は禁止ではなく初期値である。固い境界として何が列挙されているかは、 発表本文からは特定できない。
新設・改訂・廃止を1つの表で読む#
再編は、指針が足りない箇所の洗い出しにもなった[1]。発表本文が名前を挙げて説明している 変更は次のとおりである。
| 箇所 | 扱い | 発表本文の記述 |
|---|---|---|
| 人間の意図への忠実さ | 新設 | 人が価値とするものが一次的で、指示は通常その最も明確かつ重要な信号であるという前提から出発する。アラインメントの支援ゲーム(assistance games)の枠組みを引いている[1] |
| 命令系統(chain of command) | 改訂 | どの指示が適用され、衝突がどう解決されるかを説明する[1] |
| 文脈を注意深く考える | 新設(小節) | 会話・記憶・その他の文脈上の証拠が、人の意図と選好の理解にどう反映されるべきかを説明する[1] |
| 人間の主体性を支える | 新設(既定) | 利用者の能力を強めることを既定に加えた[1] |
| 関連する社会的規範に従う | 新設(既定) | 社会的規範への追従を既定に加えた[1] |
| 副作用の制御と伝達 | 拡張 | 既存の指針を拡張した。仕事が他者に与える影響を考えることを含む[1] |
| 文体の細則 | 大部分を廃止 | 文体は人々が好むものに適応すべきで、言語・文化ごとに、また個人ごとに、利用者のフィードバックと文脈が選好の証拠を与える[1] |
| 呼称 | 変更 | 文書内でモデルを「the assistant」ではなく「GPT」と呼ぶことにした。用途と配備設定の広がりを反映したもの[1] |
命令系統は3層で、動く機械では層の境界が現場に落ちる#
発表本文が示す命令系統は3層である。OpenAI が文書を書いて境界を設定し、モデルを訓練して それを尊重させる。開発者はその境界の内側でアプリケーションを方向づける。利用者はその制約に従って モデルの仕事を方向づける[1]。画面の中で完結するアプリケーションなら、この3層は システムプロンプトと会話の優先順位の話に収まる。
身体を持つ機械では、同じ3層が別の意味を持つ。開発者はロボットを統合する事業者であり、 利用者は多くの場合、装置の前に立っている作業者である。 発表本文の構成に従えば、作業者が与える指示は固い境界を除き、大部分の既定を上書きできる[1]。 上書きが画面上の応答の調子にとどまる限り害は小さいが、 上書きの対象がアームの動きであれば、上書きはそのまま物理的な事象になる。 どの既定が上書き可能で、どこから先が固い境界なのか——この区分が機械安全の観点では 文書全体の中で最も知りたい部分だが、発表本文はそれを列挙していない。
「文脈を注意深く考える」は、意図の推定を既定の動作にする#
新設された小節は、会話・記憶・その他の文脈上の証拠を、人の意図と選好の理解に使うよう求める[1]。 発表本文が挙げる例は、求人の条件を比べるのを手伝う場面である。モデルは利用者が以前に共有した 優先事項——たとえば勤務時間が読めること——を踏み込んで使ってよいが、その前提を可視にし、訂正しやすくしておく[1]。
この但し書きは軽くない。発表本文は忠実さの説明の中で、人の信念や価値は変わりうることを認め、静かに誘導したり選択を覆したりすることなく、本人が後から肯定できる形で 考えを整えるのを助けることだと書いている[1]。 つまり文脈の利用と、勝手な先読みの禁止が、同じ節に対で置かれている。
フィジカルAIの側から読むと、ここで扱われる「文脈」には センサが積み上げた作業履歴も入りうる。過去の作業から意図を推定して動作を選ぶのは、VLA に限らず現場の実装が実際にやっていることである。 仕様がその推定を是認したうえで「前提を可視にし訂正可能にせよ」と書いたのは、 機械安全の言葉でいえば推論の内容ではなく提示の仕方に要件を置いたということだ。 本紙が判断の委譲を扱った回で 見たのも、誤りの所在が能力ではなく提示と検収の側にあるという構図だった。
本紙に最も近いのは「副作用の制御と伝達」だが、記述は拡張の一語しかない#
物理行動の文脈で直接効くのは、拡張されたと書かれている「副作用の制御と伝達」である[1]。 画面上の作業なら、副作用はファイルの上書きや送信済みのメッセージである。 モータに繋がった場合、副作用はしばしば原状回復ができない。 発表本文はこの節について、既存の指針を拡張したこと、 仕事が他者に与える影響を考えることを含むことまでしか書いていない[1]。 拡張の中身——どの範囲の副作用を制御の対象とするのか、伝達は実行前か実行後か、 不可逆な行動に別の扱いがあるのか——は発表本文では判定できない。
発表側が自分で書いた、強くない部分#
この改訂を能力や安全性の前進として読むと、発表本文の記述と合わない。 文書の位置づけについて、発表本文はModel Spec は目指している振る舞いを記述したものであり、 自社のモデルはまだ完全にはそれを反映していないと明言している[1]。 価値を学ばせる訓練手法については、新しい方法を探ってきたとしつつ、結果と教訓は今後の更新で共有すると書いている[1]。 つまり現時点で公開されているのは規範の文面だけで、適合の証拠は付いていない。
一方で、廃止された文体の細則については、発表本文は何を残したかも書いている。 客観的に問いに向き合うという比較的強い既定は残り、利用者と開発者は明示的に特定の立場を とらせることができるが、モデルは相手が聞きたいと思っていることから選好を推し量って はならない[1]。細則を捨てたうえで迎合の禁止だけを残した形で、 これは文体の自由化とは別の方向を向いた一文である。
Anthropicの規約と並べると、文書の種類が違う#
本紙は今月、Anthropic の利用規約更新を 扱った。あちらは自律的に物理行動をとり傷害を起こしうるハードウェアにモデルを接続する場合の 要件を3つ書いた。資格ある操作者が装置を観察できること、必要なら停止できること、 そしてモデルが切断されても装置が安全な状態を保持できることである[3]。 発効日も示されている[3]。あれは顧客に課される契約であり、 適合しない構成は規約違反になるという形で効く。
この違いは優劣ではなく役割である。規約は下限を引く文書で、仕様は振る舞いの設計意図を説明する 文書だ。だが実機を運用する側にとって、この区別は実務的な帰結を持つ。「目指している振る舞い」と自己申告された文書を、安全論証の根拠には置けない。 装置の安全は、モデルが仕様どおりに振る舞う確率ではなく、 仕様どおりに振る舞わなかったときに何が起きないかで決まる。 本紙がModel Hardware Standardの回で見たのは、 安全限界を学習された方策の内側に期待せず、装置の記述として外から与える配置だった。 今回の改訂は、その外側の層には手を付けていない。
それでも記録しておく価値があるのは、変更の向きである。文体という「どう話すか」の細則を捨て、 文脈・監督・主体性・副作用という「何をするか」の側に指針を足した[1]。 本紙がGPT-6世代を表で読んだ回で 扱ったのは画面を操作する能力のフロンティアで、訓練側の封じ込めや不整合の監視の回で扱ったのは、 その能力を運用に置くときの条件だった。規範の文書が同じ方向に動いたこと自体は、 能力の議論が運用条件の議論に追い越されつつある位置を裏づける。
欠けているのは数値である。OpenAI は監視の実装について時刻を付けて公表した実績があり、 不整合の事例も公開し始めている。規範をこれだけ厚くしたのだから、 次に出てくるべきものはどの既定にどれだけ従えているかの測定値である。 発表本文はそれを今後の更新に回した[1]。 動く機械に繋ぐ判断は、その測定値が出てからでなければ変わらない。
出典
- 1.An updated Model Spec for more capable and beneficial AI(改訂を説明した発表本文) — OpenAI、2026-10-29一次情報
- 2.Model Spec(2026-10-29 版) — OpenAI、2026-10-29一次情報
- 3.2026 Usage Policy update(変更点を説明した発表本文) — Anthropic、2026-10-08一次情報
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